太鼓の音の、その奥に
こんにちは、仲里ペイントの新里です。

深夜、久しぶりに映画『楢山節考』を見ました。
何度か見たことのある映画なのに、今回は妙に心に残りました。
生きること。
死ぬこと。
家族のこと。
村という共同体の中で生きること。
そして、人は何を信じて生きてきたのだろう、ということ。
今の私たちの感覚では理解しにくいこともたくさん描かれています。
それでも、その土地で生きてきた人たちには、その土地の決まりがあり、習慣があり、生と死の受け止め方がある。
正しいとか、間違っているとか、そんな簡単な言葉だけでは片づけられないものを感じました。
信仰は、もっと暮らしの近くにあったのかもしれない
信仰という言葉を聞くと、宗教や神様を信じることを思い浮かべます。
でも昔の人にとっては、もっと日々の暮らしの中に溶け込んだものだったのかもしれません。
ご先祖を想うこと。
自然に逆らえないことを知ること。
地域の中で助け合って生きること。
自分より前に生きた人から受け継ぎ、自分がいなくなった後の人へ何かを渡していくこと。
そんなことを考えながら映画を見終えました。
そして今日、旧盆の中日。
台風も収まり、沖縄各地ではエイサーの太鼓が鳴り響きます。
そこで、久保田青年会の話を聞きました。
エイサーは、誰のために踊っているのだろう
今のエイサーは華やかです。
勇壮な太鼓。
揃った踊り。
色鮮やかな衣装。
沖縄の夏を代表する文化として、観光やイベントでも多くの人を楽しませています。
それはとても素敵なことです。
でも、エイサーのルーツをたどると、その根っこには先祖供養のための「念仏踊り」があります。
久保田青年会では今でも、道ジュネーをしながら青年会長が各家庭のお仏壇に線香をあげているそうです。
道ジュネーとは、旧盆の夜などに青年会が地域の道を練り歩き、集落や家々を回りながらエイサーを踊る沖縄の伝統的な行事です。
太鼓を叩きながら地域を練り歩く、家々の前で踊る、そして、お仏壇に線香をあげる。
そこには「見せるための踊り」だけではない、エイサー本来の姿が今も残っています。
「オリオンビールが一番どう」
でも、久保田青年会がおもしろいのは、それだけではありません。
「オリオンビールが一番どう」という、なんともユニークな滑稽踊りもあるそうです。
念仏の心を大切にしながら、一方では思わず笑ってしまうような演目もある。
厳かに祈ったかと思えば、笑う。
この振り幅が、私はとてもいいと思いました。
ご先祖を迎える旧盆は、ただ静かに手を合わせるだけの時間ではありません。
家族が集まり、ごちそうを囲み、話し、笑う。
そして地域では太鼓が鳴り、人が集まる。
亡くなった人と今を生きている人、昔からいる人と若い人、
いろいろな人が、同じ地域の中でつながる時間でもあるのだと思います。
だから、祈りの中に笑いがあってもいい。
むしろ、その両方があるからこそ、文化は「昔のもの」ではなく、今も生き続けているのかもしれません。
華やかさの、その奥に
エイサーはこれからも変わっていくでしょう。
若い人が「かっこいい」と思って踊る。
たくさんの人が見に来る。
SNSに動画が流れ、さらに多くの人へ広がっていく。
それも文化が続いていくためには、とても大切なことだと思います。
でも、華やかになればなるほど、その始まりにあったものを、ときどき思い出したい。
なぜ旧盆に踊るのか。
なぜ道ジュネーをするのか。
誰のために太鼓を鳴らしているのか。
久保田青年会のお仏壇に線香をあげるという話を聞いて、そんなことを考えました。
昨夜見た『楢山節考』と、今日のエイサー。
まったく違う話なのに、私の中ではどこかでつながりました。
人は昔から、目に見えないものとも一緒に生きてきたのかもしれません。
ご先祖だったり、自然だったり、地域だったり。
そして、それを次の世代へ渡すために、祈ったり、歌ったり、踊ったり、笑ったりしてきた。
今夜、エイサーの太鼓が聞こえたら。
華やかな踊りだけではなく、
その太鼓の音の、もう少し奥にあるものにも耳を澄ませてみたい。
旧盆休業のお知らせ
さて、8月27日、28日は旧盆の最終日とその翌日ということで、仲里ペイントは休業日となっています。
週末を入れて、営業は8月31日からスタートとなります。
どうぞよろしくお願いいたします。


